あの人はいいな、のあとで ― 決めていたのは、次の一言でした

ウェルビーイング Jul 19, 2026
階段の上を進む人を見ながら、ノートを開いて立つ人物(2026-07-19)

人と比べる場面は、いまも残っています。

他の人の進み方を見たとき。数字を見たとき。再生数、反応、売上。目に入れば、何かが動きます。

ここで動くものに名前をつけるなら、羨望だと思います。あの人はいいな、という、ごく短い言葉。

以前は、その次に出てくる言葉が、だいたい決まっていました。「どうせ」から始まる言葉です。自分は遅れている。自分のやり方では届かない。比べた瞬間から、自分を下げる方向へ、そのまま滑っていく。

最近は、その言葉が変わりました。


羨望は、いまも同じだけ湧きます

比べる回数は、以前と同じくらいです。羨望も、変わらず湧きます。あの人はいいな、は、いまでも出ます。

変わったのは、その次に出てくる言葉のほうでした。

いま、そこに出てくるのは「なぜ?」です。

なぜ、あの人のやり方は届いているのか。なぜ、あの数字になったのか。なぜ、自分のものは、そうならないのか。

同じ場面から出ているのに、向かう先が違います。「どうせ」は、自分を下げる方向へ行く。「なぜ?」は、調べる方向へ行く。前者は、そこで終わります。後者は、そこから始まります。

比べた瞬間ではなく、その次の一言のほうが、後を決めていました。


なぜ変わったのか

きっかけは、言葉を選ぶようにしたことだと考えています。

少し前に、二つのことを教わりました。

一つは、アブラカダブラという言葉について。手品で使われるあの言葉は、「話すことで創造する」という意味だと教わりました。

気になったので、調べました。

記録に残る最も古い用例は、二、三世紀のローマの医師に帰される医学書にあります。熱病を治すための護符でした。一行ごとに一文字ずつ減らして三角形に書き、糸で首から下げる。文字が一つずつ消えていくのに合わせて、病も消えていく、という使い方です。

「話すことで創造する」というアラム語の解釈のほうは、古代の資料では裏づけが見つかっていません。主要な辞書がたどれるのは後期ラテン語までで、その先は不明とされています。後の時代の読み方だと考えるのが妥当なようです。

ただ、調べて分かったことが一つあります。二千年前は病を消すために書かれ、いまは舞台の上で物を出すために唱えられる。語源の証明はなくても、この言葉はずっと、何かを起こすための言葉として使われてきました。

教わった受け取り方は、そちらの筋で残っています。言葉は、すでにある状態を描くよりも先に来るのかもしれない、という受け取り方。

もう一つは、「I am ◯◯」。自分を何と呼ぶか。その呼び方の方へ、少しずつ寄っていくのかもしれない、という話でした。

どちらも、法則としてではなく、一つの見方として受け取っています。効くとしても、もっと地味な形だろうと考えています。

やっていることは一つだけです。自分にかける言葉を、一度止める。意図して、そうしています。


「なぜ」は、差から生まれます

ただ、言葉を選んだ、というだけでは足りません。選ぶには、置く言葉のほうが先に要ります。

あとから考えると、「なぜ?」が立つには条件がありました。自分の側に、ゴールがあることです。

ゴールがあると、物差しが持てます。どこへ行きたいかが決まっているので、いまどこにいるかが測れる。そうすると、他の人の数字を見たときに、見えるものが変わります。見えるのは、その人の全体ではなく、自分との差のほうです。

差は、測れます。測れるものには、「なぜ」が立ちます。なぜその差があるのか。どこが違うのか。何をすれば縮むのか。

ゴールがないときは、同じ数字が、別のものに見えていました。差ではなく、自分についての判定に見える。判定に、調べるところはありません。あるのは、受け入れるかどうかだけです。

「どうせ」と「なぜ?」を分けていたのは、言葉の選び方よりも前に、測るものを持っているかどうかでした。


おわりに

比べることは、これからも続くと思います。続いていいと思っています。

羨望も、残しておくつもりです。あれは、自分が何を欲しいと思っているのかを、わりに正確に示してくれるので。

ただ、比べたあとに、自分が何と言っているか。そこは、聞くことができます。


これは私が思いついたことではなく、古くからある教えと、それを伝えてくれた人から受け取ったものです。私の目で映し、いま生活で試しています。

ここに書いたのは、そのごく一部です。全体をまとめた資料を、円卓(QAIラウンドテーブル)に置いてあります。よろしければ、どうぞ。

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