四十枚を並べて、プロンプトの温度が見えました
Aug 05, 2026
AIアートの比較を続けて気づいた、言葉の構え
6月の末から、毎朝つくっている「響くことば」のアートを、週ごとの記事にまとめています。
記事に並んだのは、一か月分で約四十枚です。制作そのものは記録を始める前から続けているので、実際にはもう少し長く見ています。
一枚ずつ作っているときから、薄々感じていたことがありました。
毎回、違うことばを描いているのに、似た答えへ戻っているのではないか。
作品を記事にして並べると、その感覚がはっきりしました。
題材も色も描かれているものも違います。それでも、光の置かれ方や、画面との距離、全体の雰囲気に、何度も繰り返しているものがあるように見えました。
一枚なら、その日の選択です。
四十枚ほど並ぶと、制作の癖として見えてきます。
作品を残すために始めた記事が、制作そのものを見直す場所にもなっていました。
表現の幅を広げるために、プロンプトを見直した
似た答えに戻る状態を変えるために、私はプロンプトの考え方を見直しました。
詳しい制作方法はここでは省きますが、毎回同じような表現を選ぶのではなく、その日のことばに必要なものを、もう少し丁寧に考えてから作る方法へ変えました。
考え方としては、新しい方法の方が筋が通っていました。
私は「これだ」と思えるところまで整えました。
そして、以前の方法で作った作品と、見直した方法で作った作品を毎回並べ、作品を見てくださっている方々に、どちらがよいかを尋ねました。
ところが、比較を続けると、以前の方法で作った作品が選ばれることが続きました。
新しい方法の作品が崩れていたわけではありません。
むしろ、表現は整理され、以前とは違う絵も現れるようになっていました。
それでも、見る人に届いている何かは、以前の方法の方が強いようでした。
方法を丁寧にしたのに、なぜ、以前の作品が選ばれるのか。
新しい方法によって増えたものではなく、失われたものがあるのではないかと考え始めました。
「ぬくもり」と「solitude」
どちらがよいかという回答だけでは、選ばれた理由までは分かりません。
その手がかりになったのが、作品に寄せていただいた二つの言葉でした。
かなみさんは、以前の方法で作った作品に「ぬくもり」という言葉をくださいました。
一方、雅さんは、見直した方法で作った作品に「solitude」と書いてくださいました。
solitudeは、悪い評価ではありません。
静かな孤独や、一人であることの深さを表す言葉でもあります。
ただ、「ぬくもり」と並べてみると、二つの作品から伝わっていたものの違いが見えてきました。
以前の作品には、人の側へ近づいてくるような感覚がある。
見直した作品には、整っているけれど、少し距離のある静けさがある。
変わっていたのは、技法の巧拙よりも、作品と見る人との感情的な距離だったのではないか。
二つのコメントだけで、以前の方法が選ばれたすべての理由を説明することはできません。
それでも、「ぬくもり」と「solitude」という二つの言葉によって、私が調べるべき場所が見えました。
私は、プロンプトを最初から読み直しました。
望むものより、避けたいものを多く書いていた
プロンプトを読み直して気づいたのは、方法を精密にするほど、否定形の指示が増えていたことです。
AIに作業を任せるとき、私たちは失敗を防ぐために、してほしくないことを書きます。
これは使わない。
ここから先は加えない。
こうならないようにする。
一つずつには、理由があります。
ただ、全体として読むと、私はAIに、どのような作品を作りたいかよりも、何を避けてほしいかを多く伝えていました。
表現の幅を広げるために整えたはずのプロンプトが、いつの間にか、失敗を防ぐための指示に傾いていたのです。
描いてほしいものを伝えているつもりで、実際には「失敗しないでほしい」という構えを渡していました。
その構えが、作品と見る人との距離として現れていたのではないか。
私は、そう考えました。
「避けるもの」から「成立させたいもの」へ
そこで、指示の中心にあった否定形を、完成した画面に成立させたい状態の言葉へ置き換えました。
必要な境界までなくしたわけではありません。
守る必要のある線は、短く残しました。
変えたのは、指示の重心です。
何を出さないかより先に、何を画面に生かしたいのかを書く。
どのような感情を残したいのか。
見る人と、どのような距離で向き合う作品にしたいのか。
どのような光、空間、余韻を成立させたいのか。
精密さを減らしたのではありません。
精密さの役割を、失敗を防ぐことから、作品の感情を支えることへ戻しました。
「ぬくもり」と言葉をいただいた作品
「solitude」と言葉をいただいた作品
比較の結果が変わり始めた
書き換えたあとも、同じように二つの作品を並べ、どちらがよいかを尋ねました。
すると、それまで以前の方法が選ばれることの多かった比較に、見直した方法を選ぶ回答が現れ始めました。
新しい方法そのものを捨てたわけではありません。
表現の幅を広げるために加えた考え方は残しています。
変えたのは、それをどのような言葉でAIへ渡すかでした。
図3|「物語がひらく地平」の二作品
言葉の重心を見直したあとに制作した、同じ題材の比較です。
その後、雅さんから、二つの作品について次の言葉をいただきました。
今回、選べませんでした。どちらも魅了されました!
当初は、丁寧に整えた方法より、以前の方法で作った作品が選ばれていました。
言葉の重心を見直したあとには、新しい方法を選ぶ回答が現れ、最後には、どちらか一方を選べないという反応が届きました。
これは、否定語だけの効果を証明するために条件を固定した実験ではありません。
題材による違いも、生成ごとの揺らぎも、見る人の好みもあります。否定形だけが原因だったとは言い切れません。
ただし、今回の制作で実際に観察したことは書けます。
プロンプトを見直した直後は、以前の方法で作った作品が選ばれることが続きました。同じ考え方を残しながら、指示の重心を「避けるもの」から「成立させたいもの」へ移したあと、新しい方法を選ぶ回答が現れ始めました。
少なくとも今回の制作では、何を頼むかだけでなく、どのような言葉で頼むかも、作品の空気に関わっているように見えました。
文字とアートを組み合わせたから、気づけた
同じことは、文章でも起きるのだと思います。
誇張しない。
断定しすぎない。
押しつけない。
間違えない。
守ることだけを重ねていくと、正しくても、何を差し出したいのかが見えない文章になります。
ただ、文章の場合、その変化には気づきにくいものです。
文章は、一つずつ前から後ろへ読みます。扱っている内容も毎回違います。書き方の構えが少しずつ変わっても、それが題材による違いなのか、指示による違いなのかを、一度に見渡すことはできません。
絵は違いました。
四十枚ほどを、同時に見渡せます。
説明できる前に、似ていることが分かります。
近いか、遠いか。
ぬくもりがあるか、静かな孤独があるか。
言葉になる前の違いを、目が先に受け取ります。
文字から絵を作り、絵を並べ、もう一度文字へ戻る。
この往復があったから、私はプロンプトの内容だけでなく、プロンプトの構えまで見直すことができました。
文章では見つけにくかった言葉の影響が、アートでは距離や空気として見えました。
今回の発見は、文字とアートを組み合わせて作っていたからこそ得られたものだと思います。
AIに渡した言葉は、作品の一部になる
生成AIは、これからも進歩していきます。
少ない指示から意図を読み取り、こちらが書かなかった部分まで、自然に補うようになっていくのだと思います。
それでも、私たちは言葉を通して、作品の方向を渡します。
何を描くのか。
何を大切にするのか。
何を画面に生かすのか。
そして、どのような構えで作品に向き合ってほしいのか。
今回の制作では、それらが、完成した絵の中に現れました。
否定語を使わなければよい、という話ではありません。
必要な境界はあります。
ただ、境界が指示の中心になると、作品に向かう構えまで、守りに寄ることがあります。
今回、私の手元に残った基準は、一つです。
AIへの指示には、まず何を成立させたいかを書く。必要な境界は、その後ろに置く。
精密さとぬくもりは、どちらかを選ぶものではありませんでした。
見直すべきだったのは、精密さそのものではなく、それをどのような言葉で渡すかでした。
今もプロンプトを整えるときは、何を消すかより先に、画面に何を生かしたいのかを確認しています。
Special Thanks
作品の違いに言葉を与え、見直す入口をくださったお二人に感謝いたします。
AIと人の協働について、構造から考えた記録を、ほかにも書いています。
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