AIの精度を調べていたら、「正解を読ませる仕組み」に行き着いた
Aug 09, 2026
AIに正本の選定・登録・更新を任せるために必要なこと
二つの実験を進めるなかで、AIより先に決めなければならないことが、次々に出てきました。
どの文書を正しいものとして扱うのか。
旧版と現行版を、どう見分けるのか。
誰に、どの期間に、どの条件で適用するのか。
似ていても、回答の根拠には使わない資料はどれか。
資料の中に答えがないとき、どこで止まるのか。
NotebookLMへ質問する前には、30問それぞれについて、必要な事実と根拠文書を決めました。
GeminiによるAI検索と通常検索を比べる前にも、72文書を質問ごとに分類しました。必須の資料、補助資料、旧版やドラフト、役割上は不要な資料、質問には関係しない資料です。
AIの精度を調べるつもりでした。
けれど、実験を成立させるために先にしていたのは、人間側の正解を、AIと採点者が読める形にすることでした。
そして、二つの記事を書いたあと、人とAIの境界についても考え直しました。
前の二本では、設計されていない一回の回答に、根拠の最終選定を任せないという線を引きました。
ただ、その線は固定ではありません。
何を正本とするかの条件、必ず読む資料、優先順位、停止条件、更新権限を設計すれば、これまで人が毎回行っていた選定や更新の一部を、AI側へ移せます。
今回考えたいのは、そこです。
二つの実験で確認したこと
一つ目の実験では、72件の架空文書を一か所にまとめ、同じ18問を、GeminiによるAI検索と通常のキーワード検索で調べました。
AI検索は、回答に必須と設定した文書を15/15件回収しました。通常検索は13/15件でした。全計画実行の平均時間は、AI検索が約22秒、通常検索が約67秒でした。
一方で、
AIは、通常検索より、役割上は必要のない資料を一貫して見つけやすい
という差は確認できませんでした。
数値上の差は、通常検索側が操作エラーで終了した一問に依存していました。後続の別質問群でも、両方式が完了した比較では、明確な方向差は残りませんでした。
二つ目の実験では、NotebookLMへ30件の架空規程を入れ、30問を二つの条件で質問しました。
現行文書18件だけを入れたCleanと、旧版、未承認ドラフト、適用外資料など12件を加えたMixedです。
Mixedでは、版や権威を問う6問すべてで現行資料を識別しました。旧版、ドラフト、適用外資料、内容が似ているだけの資料を、正しい根拠として採用した回答は0件でした。
ただし、条件、例外、手続、補助規程までそろった完全回答は、CleanもMixedも17/30件でした。主な結論は合っていても、判断に必要な情報が不足した回答が残りました。
二つの結果を合わせると、AIについて次のことが分かります。
管理情報があり、必要な資料を取得できれば、AIは現行版や権威を読み分けられる。
同時に、次のことも分かりました。
正しい資料を見つけたことと、その判断に必要なものが全部そろうことは別である。
ここまでは、今回の実験で確認したことです。
表1|二つの実験で確認した結果
画面が狭い場合は、表を横にスクロールできます。
| 実験 | 確認項目 | 結果 |
|---|---|---|
| Google Drive検索 | 必須文書の回収/全計画実行の平均時間 | AI検索 15/15件・約22秒 通常検索 13/15件・約67秒 |
| NotebookLM Mixed | 版・権威6問での識別 | 現行資料 6/6件 旧版・ドラフト等の誤採用 0件 |
| NotebookLM完全回答 | 条件・例外・手続・補助規程までそろった回答 | Clean 17/30件 Mixed 17/30件 |
出典:本記事で要約したGoogle Drive検索実験とNotebookLM実験。
前の二本から、線が動いた理由
第1回では、NotebookLMの引用に対して、
その答えを誰に適用し、何を最終的に伝えるかは、人が引き受ける
と書きました。
第2回では、
何を探してよいか、どの資料を根拠にするか、誰に見せてよいかは、人が引き受ける
と書きました。
この線は、一回の質問に対してAIが資料を探し、回答を返す使い方を前提にしています。
正本の条件が十分に定義されていない。
必要な資料を毎回確実に取得する仕組みもない。
資料が矛盾した場合の停止条件もない。
正本台帳を更新する権限もない。
この状態で、AIが選んだ資料を、そのまま正式な根拠にはしません。
ただし、前提が変われば、線も動きます。
正本の成立条件、取得経路、優先順位、停止条件、更新権限、監査記録を設計すれば、ルールで閉じられる選定や更新はAIへ移せます。
人に残るのは、すべての資料を毎回選ぶ作業ではありません。
どの条件ならAIへ委ねてよいかを決める仕事
です。
資料があることと、正本として使われることは別です
一つの文書には、少なくとも四つの状態があります。
1.保存されている
ファイルがDrive、Notebook、共有フォルダなどに存在している状態です。
2.今回の回答で取得されている
検索や取得の仕組みによって、その文書が実際のコンテキストへ入った状態です。
3.判断根拠として採用されている
回答や判断が、その文書の内容に基づいている状態です。
4.正本として登録・更新されている
その文書が、今後の正式な判断根拠として登録され、旧版や競合資料との関係も更新された状態です。
整理すると、こうなります。
保存
↓
取得・参照
↓
根拠として採用
↓
正本として登録・更新
資料をアップロードしただけで、四段階すべてが完了するわけではありません。
私は以前、長時間のAIセッションを振り返った記事で、69のファイルを渡し、90の成果物を作ったときのことを書きました。
その作業では、資料の中に答えが書かれているのに、その内容が回答へ反映されず、一般論が返る場面がありました。
厳密には、AIが内部でその資料を読まなかったのか、読んだうえで回答に使わなかったのかは、外からは判定できません。観察できたのは、資料の内容が回答に反映されなかったことです。
保存されていることと、その回答で使われることは別でした。
何も設計しなければ、AIはその場で読めるものへ寄ります
正本の条件がなく、必要な資料を取得する経路も決まっていないとき、AIは何も答えずに止まるとは限りません。
主に、その時点で利用できるものから答えを作ります。
- モデルが持つ一般的な知識
- 現在の会話に残っている内容
- 直前に強く示された情報
- 実際に取得できた一部の資料
- 文脈から推測した優先順位
その答えが合うこともあります。
ただし、それは、組織や本人が定めた正本へ従ったのではなく、その場で得られた情報から、もっともらしい答えを組み立てたものかもしれません。
文章が自然に完成しているだけでは、どの資料が取得されなかったかは分かりません。
ここからは、実験結果ではなく設計の話です
二つの実験で直接確認したのは、管理情報があれば、AIが現行版や権威を識別できたところまでです。
次のことは、今回の実験では試していません。
- AIによる正本台帳の自動更新
- 旧版の自動失効
- AIへ正式な更新権限を与える運用
- 誤更新時の差し戻し
- 自動更新の安全性や再現性
ここから先は、今回の結果と、現在利用できるエージェント機能から組み立てた設計案です。
今回、自動運用まで実証したという意味ではありません。
AIは、正本の選定・登録・更新を担えます
AIが正本を扱えない、というより、
何をもって正本とするかが設計されていなければ、正式な選定にならない
という方が正確です。
たとえば、正本の条件を次のように定めたとします。
・状態が「承認済み」である
・施行日が到来している
・適用対象が今回の質問と一致する
・同じ文書IDの中で、版番号が最も新しい
・承認者が登録されている
・後継文書がある場合は、旧版を失効にする
・矛盾がある場合は、自動確定せず保留する
さらに、AIが必要な資料を取得でき、文書管理システムを更新する権限を持っていれば、次の処理ができます。
- 新しく承認された文書を検知する
- 正本の条件を満たすか確認する
- 既存の正本と、版・内容・適用範囲を比較する
- 条件を満たせば、正本索引へ登録する
- 旧版へ失効状態を付ける
- 判断理由と更新前後を記録する
- 矛盾や不足があれば、確定せず担当者へ返す
ここまで行えば、AIは資料を案内する司書というより、文書管理者に近い役割を担います。
組織が、この処理を正式な更新手続として認めるなら、運用上はAIが正本を確定したと言えます。
ただし、その正式性を成立させているのは、AIの自信ではありません。
事前に定めた条件と、組織から委ねられた権限です。
能力・権限・責任は別です
AIへ仕事を任せるとき、三つを分けます。
能力
AIが、版、施行日、適用範囲、承認状態を読み、正本候補を選べるか。
今回のNotebookLM実験では、管理情報を持たせたMixedの版・権威6問で、6/6件、現行資料を識別しました。
権限
AIが、候補を示すだけなのか、正本台帳を更新してよいのか。
これは、システムと運用で与えるものです。
責任
誤った正本が登録された場合、誰が修正し、その結果を誰が引き受けるのか。
これは、AIへ処理を任せたからといって自然に決まるものではありません。
能力があること。
権限を与えること。
責任を置くこと。
この三つを混ぜないようにします。
定義できた判断は、仕組みに移せます
長時間のAIセッションを振り返った記事で、私はこう書きました。
記憶の限界は、仕組みで補える。判断の限界は、補えない。
今は、少し言い換えます。
現行版か。
施行日を過ぎているか。
承認済みか。
適用対象が一致するか。
文書同士が矛盾しているか。
このように、条件として外へ出せる判断は、仕組みに移せます。
毎回、人が一から選ぶ必要はありません。
一方で、次の判断は残ります。
- 何を正本の条件とするか
- 誰の承認を正式とみなすか
- 価値が衝突したとき、何を優先するか
- 想定外の例外を認めるか
- どこまでAIへ委ねるか
- 誤ったとき、誰が結果を引き受けるか
現在の私の整理は、次です。
仕組みは、定義した判断を再現します。
人は、定義そのものと例外を引き受けます。
正本を扱える状態は、順番で作ります
AIへ資料を大量に渡せばよいわけではありません。
必要なのは、資料をどう扱うかの情報と、その情報を実際の処理へ反映する経路です。
正本を判断できる情報
↓
必要な資料を取得する経路
↓
優先順位と停止条件
↓
登録・更新する権限
↓
記録と検収
これは、今回の実験で数値として導いた式ではありません。
正本を扱うための成立条件を、処理の順番として並べた設計図です。
図1|正本を扱うために必要な五つの成立条件
注:今回の自動運用の実証結果ではなく、正本を扱う成立条件を処理順に並べた設計図です。
出典:本記事の二つの実験結果と設計案をもとに鳴海貴慶作成。
どれかが欠けると、次のようなことが起きます。
- 管理情報がない
→ どれが現行かを推測する
- 取得経路がない
→ 正本が存在しても、その回答で使われない
- 優先順位がない
→ FAQと正式規程を同じ重さで扱う
- 停止条件がない
→ 矛盾があっても、もっともらしい一つの答えを作る
- 権限がない
→ 候補は示せても、台帳を更新できない
- 記録がない
→ なぜその文書を正本にしたのか、後から追えない
AIへ資料群を任せる前に、一枚だけ書く
細かな管理項目は増やせます。
ただ、最初から多くすると、整えること自体が仕事になります。
私は、まず次の一枚を書きます。
【目的】
この資料群を、何の判断に使うか
【正本の条件】
承認状態、版、施行日、適用対象、所有者
【取得する資料】
この作業で必ず読む文書と、その順番
【優先順位】
資料が食い違った場合、何を優先するか
【除外資料】
根拠として使わない資料
【AIの権限】
候補提示/承認待ち更新/自動更新
【停止条件】
AIだけで確定してはいけない状態
【記録】
使った資料、判断理由、更新前後、承認者
これは、一回の質問に使う長いプロンプトではありません。
AIが正本を扱うための、仕事の仕様です。
整理の価値は、AIを完全にすることではありません
今回の実験では、
- 整理された資料群
- 整理されていない資料群
を直接比較していません。
したがって、管理情報を付ければ回答精度が何ポイント上がる、という数字は出していません。
二つの実験で使ったのは、版、状態、適用範囲などを比較的きれいに整えた架空文書です。
その条件でも、NotebookLMの完全回答は、CleanもMixedも17/30件でした。また、質問に直接必要ではない現行文書を、補足的な根拠として加えた例も7件ありました。
正本を整えることは、AIを完全にする保証ではありません。
価値は、別のところにあります。
AIが何を使い、何を使わず、どこで間違えたかを、検査できるようになることです。
正本の条件があれば、違う資料を使ったと分かります。
取得経路が決まっていれば、読むべき資料を読まなかった可能性を調べられます。
適用範囲があれば、対象の取り違えを見つけられます。
停止条件があれば、AIが答えすぎたと判定できます。
記録があれば、誤りが起きた場所まで戻れます。
整理は、誤りをゼロにするためだけのものではありません。
誤りを発見し、戻し、次の判断へつなげるための仕組みです。
今回、測ったことと、まだ測っていないこと
今回、実験で直接確認したのは次です。
- AI検索は、通常検索より多くの必須文書を短い時間で回収した
- 管理情報を持たせた資料群では、旧版やドラフトの誤採用が起きなかった
- 版・権威を問うMixedの6問で、現行資料を識別した
- 引用元を追跡できても、回答の完全性や引用集合の再現性は別だった
一方、次は今回直接試していません。
- AIが正本台帳を自動更新する運用
- AIが旧版を自動失効させる処理
- AIへ正式な更新権限を与えた場合の安全性
- 誤更新時の差し戻しと監査
- ChatGPT、Claudeなど他社製品での同一条件の再現
したがって、AIによる正本の選定・登録・更新は、今回の版識別結果を足場にした設計案です。
今回、自動運用まで実証したという意味ではありません。
AIに足りないのは、必ずしも判断能力ではありません
AIは、十分な情報があり、必要な資料を取得でき、条件が明示されていれば、正本候補を選べます。
更新権限と処理手順があれば、登録、旧版化、索引更新まで行えます。
一方、何も設計されていないとき、AIは空白のまま止まるとは限りません。
一般論と、その場で読めるコンテキストから、もっともらしい答えを作ります。
だから、AI導入で最初に決めるのは、
AIに判断させるか、人が判断するか
という単純な二択ではありません。
決めるのは、次です。
どの判断材料を必ず読ませるか。
どの条件ならAIだけで確定してよいか。
どこから承認を求めるか。
誤ったとき、誰が戻すか。
AIの精度を調べていたはずが、最後に残ったのは、AIの設定だけではありませんでした。
正解の条件を定めること。
正解へ辿り着く経路を作ること。
正解として扱う権限を配置すること。
例外と責任の戻り先を決めること。
この仕事でした。
二つの実験で使った文書設計、質問、分類、採点基準と、正本の条件・取得経路・権限・停止条件を決める記入用の一枚は、円卓の書庫にまとめています。自分の資料群を整えるときに、そのまま使える形です。
円卓の書庫 正本を扱うための設計資料 二つの実験で使った文書設計・質問・分類・採点基準と、正本の条件・取得経路・権限・停止条件を決める記入用の一枚をまとめています。 設計資料を見るAIには、正本の候補を選び、条件を満たす文書を登録・更新するところまで任せられます。
人が引き受けるのは、すべての資料を毎回選ぶことではなく、何を正本とするかの条件、どこまで委ねるかの権限、例外時に誰が責任を持つかを決めることです。
AIと人の協働について、構造から考えた記録を、ほかにも書いています。
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