AIへの「禁止事項」、気にしていますか?――信用を守る規則が、成果物を弱くすることがある

ai Aug 26, 2026
明るい作業机で、境界を示す金具の内側へ手が藍色の鉛筆で一本の線を引く場面(2026-08-26)

ある本の紹介記事を、AIと一緒に書いたときのことです。

出来上がった文章は、ほぼすべての段落が「〜ではありません」で終わっていました。

煽っていない。誇張していない。強く断定していない。私がAIに渡していた規則には、かなり忠実です。

それでも、自分の名前で公開できる文章ではありませんでした。

これでは、私は何も保証しない人のようだ。

内容に大きな誤りがあったわけではありません。

問題は、読み手に何を渡すのか、書き手が何を引き受けるのかが、文章から消えていたことでした。

顧客へ渡すレポートや提案書でも、同じことが起こります。

守秘を守る。誇張しない。未確認の数字を書かない。成果を保証しない。どれも、信用を守るために必要です。

しかし、規則をすべて守った結果、

  • 何が確認できたのか
  • 何を判断したのか
  • どこまでなら責任を持てるのか
  • 相手は何を受け取れるのか

が見えなくなれば、その成果物に自分の名前を載せることはできません。

信用を守るための規則が、信用の根拠になる内容まで弱くしていたのです。

してほしいことも、十分に書いていました

ここで、正確に書いておきたいことがあります。

私の規則には、「何をしてはいけないか」だけでなく、「何をしてほしいか」も十分に書いてありました。

観察から書く。確認済みの事実を使う。相手が受け取れるものを示す。本人の声を残す。判断は自分の名前で書く。

望ましい行動は、すでに指定していました。

それでも、「押さない」「誇張しない」「断定しすぎない」など、禁止形の規則が重なると、そちらが文章の表面に強く現れることがありました。

たとえば、顧客向けのレポートで、

この結果は、将来の成果を保証するものではありません。

と書けば、保証していないことは明確です。

一方で、

今回の範囲では、三つの問題を確認しました。優先して直すのは、この一つです。

と書くには、調査結果を読み、範囲を区切り、自分の判断を置かなければなりません。

前者は、禁止事項を守ったことが一文で見えます。

後者は、書き手が何を確認し、何を引き受けるのかを決めなければ書けません。

肯定的な指示が消えていたのではありません。

禁止を守ったことのほうが、出力上で示しやすかったのです。

問題は、否定形ではなく、合格条件の偏りでした

否定形そのものが悪いわけではありません。

顧客情報を公開しない。認証情報を出力しない。確認していない数字を事実として書かない。本人の承認前に公開しない。

安全、守秘、法令、権限に関わる条件は、明確な禁止として残す必要があります。

問題は、禁止事項の存在ではなく、何を合格とするかが偏っていたことでした。

私の規則では、誇張すれば違反として見つかります。強く言い切りすぎても、売り込みすぎても、規則から外れたことが分かります。

一方で、確認できたことまで曖昧にし、渡せるものを書かず、何も引き受けない文章になっても、明確な違反にはなりませんでした。

過大には罰があり、過小には罰がない。

この状態では、安全に書き直すほど、成果物は少しずつ弱い側へ寄っていきます。

前職の品質保証で使っていた考え方に置き換えると、構造がはっきりしました。

禁止事項は、製品にあってはならない状態を定める不適合条件です。

肯定的な行動指示は、製品が満たすべき要求性能です。

不適合が見つからなくても、必要な性能を満たしていなければ、その製品は合格にはできません。

AIの成果物も同じでした。

誇張がない。守秘違反がない。未確認の数字がない。それだけでは足りません。

確認した事実、書き手の判断、相手が受け取れるものまで揃って、初めて公開できる成果物になります。

この対応は、規則と検収の設計を理解するためのものです。AIが内部で品質検査のような処理をしている、という意味ではありません。

研究で確認できた範囲

この体感が、どこまで研究で確かめられているのかも調べました。

否定命令のあとに、禁止した語や概念が再び出やすくなる現象については、限定的ながら直接的な研究があります。

また、複数の制約が増え、組み合わせが複雑になるほど、LLMの指示遵守率が下がることも報告されています。

ただし、この二つは同じ現象ではありません。

前者は禁止対象の再浮上を扱っています。後者は、否定形に限らず、制約全体の複雑さを扱っています。

さらに、私が経験した、

肯定的な指示も十分にあるのに、文章全体で禁止形が前面に出る

という現象を、そのまま一般化できるほどの研究は、まだありません。

一方で、「何をしてはいけないか」だけでなく、代わりに取る行動を明示する設計は、OpenAIやAnthropicの公式ガイドでも推奨されています。

したがって、否定形を一律に減らすのではなく、必要な禁止を残したまま、通常の行動と合格条件を明確にする方針が妥当だと判断しました。

禁止を減らさず、規則の役割を四つに分けました

調査後、禁止事項を一括して削除したわけではありません。

代わりに、規則を四つの役割に分けました。

図1|AIへの規則を四つの役割に分ける
基本行動
決めること成果物が果たす仕事
見る問い何を確認し、何を渡すか
境界
決めること越えてはいけない線
見る問い守秘・法令・権限を守ったか
例外
決めること条件が変わったときの扱い
見る問い断定を止める条件は何か
検収
決めること合格の判定
見る問い違反がなく、提供価値もあるか
出典:本文をもとに鳴海貴慶作成。

基本行動

成果物が果たすべき仕事を失わないための規則です。

通常は何をするのかを定めます。

確認済みの事実を先に示す。

事実、自分の判断、未確認事項を分ける。

相手が受け取れるものを明記する。

自分の名前で出せる文章にする。

境界

安全、守秘、法令、権限を守るための規則です。

越えてはいけない条件を定めます。

顧客固有の情報を公開しない。

未確認の数字を事実として書かない。

認証情報を出力しない。

本人の承認前に公開しない。

例外

条件が変わったときに、基本行動を機械的に適用しないための規則です。

確認できていない場合は、断定せず「未確認」と書く。

安全、守秘、法令に関わる場合は、簡潔さより条件の明示を優先する。

検収

違反はないが中身もない成果物を、合格させないための規則です。

必要な禁止事項を守っているか。

確認できたことを、必要以上に弱めていないか。

相手が何を受け取れるか分かるか。

自分が何を引き受けるか分かるか。

自分の名前と信用を載せられるか。

規則の書き方も変えました。

以前は、

断定しすぎないこと。

と書いていました。

今は、

確かめたことは言い切る。確かめていないことは、確かめていないと書く。

としています。

単純に否定形を肯定形へ置き換えたわけではありません。

確認済みのことを言い切る責任と、未確認のことを言い切らない境界を、一つの規則にしました。

検収は、違反の有無と提供価値の両方を見ます

品質保証では、不適合がないかだけでなく、要求性能を満たしたかも確認します。

AIの成果物でも、同じ二つを見るようにしました。

禁止事項の確認

  • 誇張していないか
  • 未確認のことを断定していないか
  • 守秘や権限の条件に違反していないか
  • 本人の承認前に公開していないか

提供価値の確認

  • この成果物で、何を確認できたと言っているか
  • どこからが作成者の判断か
  • 相手は何を持ち帰れるか
  • こちらは何を引き受けているか
  • 全部消しても誰も困らない内容になっていないか

顧客向けの成果物では、間違いを書かないことは最低条件です。

しかし、間違いを書いていないだけでは、対価をいただける成果物にはなりません。

公開記事でも同じです。

誤認を防ぐことと、読者へ何かを渡すことは、両方必要です。

次に自分の名前で出す成果物を確認するときは、必要な禁止事項を守っているかだけでなく、何を確認し、何を判断し、相手へ何を渡すのかが見えるかも確認します。

前者だけが明確なら、合格条件はまだ禁止側に偏っています。

禁止事項を気にするとは、数を減らすことではありません

私が禁止事項を増やしてきたのは、過去に起きた失敗を、もう一度起こさないためでした。

一つひとつに理由があります。

だから、すべて削ればよいとは考えていません。

一方で、してほしいことを十分に書いていても、禁止形が多く並ぶことで、AIの出力が「違反していないこと」を強く示す方向へ寄る場合があります。

私が変えたのは、禁止事項の数ではありません。

規則の分類と、合格条件です。

不適合がないだけでは、出荷しない。

確認できたことを示す。自分の判断を置く。相手へ渡すものを明確にする。

そこまで確認して、初めて自分の名前を載せます。

あなたがAIに渡している指示には、してほしいことも、してはいけないことも、どちらも書かれていると思います。

そのうえで、一度、実際の成果物を見てみてください。

そこには、禁止を守った証拠と、あなたが引き受けた判断の、どちらが強く現れているでしょうか。

円卓には、複数の指示書を選び、組み合わせ、更新し、検収するための一式と、持ち込まれた規則を実務で使える形に整える場を置いています。

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参考資料

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