『比較の外側で』MV制作記――「歩く」を、何度もつくり直した

ai 音楽 Oct 26, 2026
 

制作途中の映像で、主人公の脚は動いていました。それなのに、前へ進んでいるように見えませんでした。

左右の足は交互に出ている。けれど、道路の白線や柵はほとんど同じ場所に残っている。歩く人をカメラが追っているはずなのに、その場で足踏みをしているように見えました。

『比較の外側で』のMVでは、こうした「歩く」場面を、何度もつくり直しました。

描きたかったのは、他人の歩調に合わせようとしていた人が、少しずつ自分の感覚へ戻っていく姿です。青いジャケットの主人公が、夜の街から川辺へ進み、やがて朝の光の中に立つ。企画書、場面ごとの絵と流れを示すストーリーボード、登場人物の設定、完成した楽曲は、制作を始める前に用意していました。

演出の中心には、「主人公は静かに、世界のほうが速く動く」という考えを置いていました。

ただし、静けさを描くことと、人物を静止画にしてしまうことは違います。大きく動かなくても、視線や呼吸、足の運びによって、何かが変わったことを伝える必要があります。

足を動かすことと、その人が歩き出す理由を伝えること。その両方が、今回の制作の課題になりました。

足だけでなく地面との関係をつくり直しました

私が場面ごとの指示を出し、制作を進めるAIに、映像を作る作業や編集を実行してもらいました。画像を動く映像にするAIと、映像・音楽・歌詞を一本の動画にまとめる編集の仕組みを、手元のPCで組み合わせる制作です。私は出てきた映像を見て、意図と違うところや、不自然に見えるところを伝えました。

歩行で問題になったのは、脚の形だけではありません。

一歩が妙に遅い。同じ道を歩いているはずなのに、映像のつなぎ目で靴の位置と路面が一緒に跳ぶ。カメラが動く方向と、人物が移動する方向が噛み合わない。

一枚ずつの画像では見過ごしやすい問題です。前後を続けて見ると、身体の進む向きや、一歩のつながりがおかしいことが分かります。

そこで修正の指示では、足の形より先に、足と地面の関係を確かめることにしました。

踵が地面に触れ、足裏へ体重が乗る。その足に支えられて身体が前へ進み、最後につま先が離れる。カメラが人物を追うなら、その分だけ路面の見え方も変わります。

「自然に歩いてください」とだけ伝えるのではなく、どこへ足を置き、身体がどちらへ進むのかまで、指示を具体的にしました。

止まる場面でも同じです。歩く映像を途中で切れば、人物が立ち止まったことになるわけではありません。最後の一歩に体重を乗せ、次の足を出さずに落ち着く。その過程がなければ、歩行が途中で途切れただけに見えてしまいます。

画像から整え直しつなぎ方も変えました

指示を細かくしても、そのとおりの映像がすぐに出るわけではありませんでした。

人物の顔や服の描き方が場面ごとに変わることもありました。人物を静止させ、背景だけを動かしていたところもあります。似た横顔が繰り返されると、気持ちが変化しているというより、素材の使い回しに見えました。

そこで私は、各場面の最初に使う画像から整え直すよう依頼しました。顔や服装の設定に合わせ、どこに立ち、どちらを向き、何を見ているのかを揃えるためです。

動画を作るときには、最初の画像だけでなく、最後の画面として見せたい画像も渡すようにしました。その二枚を手掛かりに、間の映像を作ってもらう方法です。必要な場面では、途中の姿勢や動きの手本も加えました。

始めと終わりを指定できても、その間の動きまで決まるわけではありません。姿勢を揃えた画像を渡しても、必要な動きが弱くなったり、意図しない方向へ顔を動かしたりすることがありました。できた映像を見て、手本として渡す画像と指示の両方を見直しました。

短い動画を細かくつなぐ作り方も変えました。一つの歩行や停止は、できるだけ連続した映像として扱う。同じ場面の途中で、人物の大きさや足運びが変わる継ぎ目を減らすためです。長い動画を作ること自体が目的ではありませんでした。

映像の作り方だけでなく、制作を任せたAIとのやり取りも見直しました。AIが示す修正計画や確認項目が増えても、肝心の映像に不自然さが残ることがあったからです。

すでに良い映像は残す。問題のある場面は、手本にする画像や動画の作り方、つなぎ方まで戻って見直す。修正版を実際に見せてもらい、その出来をもとに次の修正を決める。そうした具体的な指示と確認を重ねました。

求めていたのは、作業項目が埋まることではありません。主人公が自然に歩き、その前後で気持ちの変化が伝わる映像へ近づけることでした。

直すために、新しい映像を作る必要があるとは限りませんでした。

後の修正版では、冒頭の主人公が、前を向いたまま後ろへ歩いているように見えました。以前はよかった部分が、修正によって悪くなっていました。

この場面は、以前に作った映像へ戻り、使える範囲を一続きで採用し直しました。途中の不要な継ぎ目も取り除いています。

新しく作るより、すでにある映像を選び直すほうがよい場面もありました。

水面を見たあとの反応が抜けていました

ただ、歩行の形を直すだけでは足りない場面がありました。橋の上で主人公が水面へ視線を落とし、水面に映る姿へ画面が切り替わるところです。

制作途中のある版では、水面に映る人物の姿は動いていました。けれど、その後は、約11秒にわたって人物のいない空と川が続いていました。

景色そのものは綺麗でした。ただ、主人公が自分の姿を見たあと、どう反応したのかが見えませんでした。

この作品には、街のガラスに映る自分と、川の水面に映る自分が出てきます。どちらも自分を見る場面ですが、描きたかった反応は違います。

前半では、周囲や自分を意識して身体が硬くなる。後半では、自分の姿を見たあと、目をそらさずにそこに留まり、少し力を抜いてから前を向く。歌詞を隠しても、その違いが顔や身体から伝わるようにすることが、演出上の目標でした。

ところが、水面のあとを風景へ置き換えると、その変化を見せたい人物が画面からいなくなります。

夜から朝へ変わったことは、光で伝えられます。川が広く見えるようになったことも、画面の見せ方で伝えられます。でも、自分の姿を見た後にどんな顔をし、どう歩き出すのかは、主人公へ戻らなければ見えません。

ここは制作を任せたAIに、水面の映像を残し、その前後の人物の映像を作り直して、つなぎ直すよう依頼しました。

水面に映る姿を見せる前には、踏み出した足へ後ろの足を寄せ、両足を落ち着かせてから、水面へ視線を下げる映像を置きました。水面の場面の後には、口を閉じたまま、下を向いていた視線が小さく前方へ戻る人物の映像を入れています。

風景に置き換わっていた時間へ、本人の反応を戻した修正でした。

この場面の修正で求めたのは、大きな驚きや、急に明るくなる笑顔ではありません。修正の指示には、息を吐いた後に胸や肩が落ち着くこと、目が先に動いて頭が少し遅れてついてくること、その後に体重を片足へ移して、次の一歩へつなぐことを盛り込みました。自分を責める力が少し弱まる様子を、そうした身体の動きの順序で見せたかったのです。

これは、人物を大きく動かせば伝わるものでもありません。口が大きく開いたり、頭が深く下がったりした試作もありましたが、それでは驚きや別の感情に見えてしまいます。

水面に映る自分を見た後に、同じ人がどう歩き出すのか。この場面では、足の動きだけでなく、その前にある反応が必要でした。

静かな終わりにも動きが必要でした

終盤の広い空と小さな主人公の場面にも、修正は残りました。

人物は立っているのに、足元の道路だけが滑って見える。その後の版では、人物も風景も止まっているように見えたあと、次の区間から急に雲が動き出す。

どちらも、静けさの演出として意図したものではありません。

人物が大きく動かない場面では、足元との関係や、雲、水、草の動きが、時間の流れを支えます。そこが途中で切り替わると、余韻よりも映像の継ぎ目が目に入ります。

この場面も、カメラがゆっくり遠ざかる最後の映像は残しました。その前の映像を作り直し、後に続く映像の動きを手掛かりに、雲や水面の動きがつながるように調整しました。

主人公が立ち止まっても、周りの時間は続いている。その中に、同じ人が地面に足をつけて立っている。終わりの静けさにも、その関係が必要でした。

この人はどう歩き出すのか

AIで映像を何度も作ったこと自体を、作品の価値にしたいわけではありません。やり直さなくてよかった作業もあり、以前の映像に戻すほうがよい場面もありました。

足が滑らず身体が前へ進むように直すことと、水面を見た後に歩き出す人を描くことは、このMVでは切り離せませんでした。足元が不自然なら、気持ちの変化を見る前に、そちらが気になってしまいます。一方で、歩行が自然でも、その前後に何があったのかが見えなければ、ただ移動している映像になります。

描きたかったのは、周りの速度が遅くなったから歩けるようになる人ではありません。街も、電車も、雲も動き続ける中で、自分の歩調で進める人です。

その変化を、歌詞だけでなく、画面の中の身体でも伝えたい。

『比較の外側で』で「歩く」をつくり直した理由は、そこにありました。

制作に使った道具と方法

  • 作業の実行:Codex。指示を受けて、映像を作る作業や編集を進めるAIとして使いました。
  • 動画を作る道具:LTX-2.3。画像から動く映像を作るAIです。
  • 編集の仕組み:Remotion。映像・音楽・歌詞を組み合わせ、一本の動画にしました。
  • 画像の渡し方:FLF2V。最初と最後の画像を手掛かりに、その間の映像を作る方法です。

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