Officina Vitae

記録 アート 音楽 円卓 研究所 お問合せ
ログイン
← Back to all posts

QAILaboratory|「正しいのに、何か違う」と言われた日

Jul 04, 2026
Connect

こんにちは、QAILaboratoryの鳴海です。

その税理士事務所の所長は、顧問先からの電話を切ったあと、しばらく受話器を見ていました。「先生、間違ってはいないんだけど……なんというか、いつもと違って」。長く付き合ってきた、少し心配性の社長からでした。内容に誤りはありません。数字も、制度の説明も合っている。それなのに、相手は何かが足りないと言う。

この一月ほど、彼は顧問先へのメール返信を、AIに下書きさせていました。速いし、文章もていねいです。送る前にざっと目を通しても、直すところはほとんどない。助かっていました。

電話のあと、彼はAIに任せる前の、自分の古い返信を読み返してみました。同じ社長へのメールに、こんな一行がありました。「最悪でもこの線までです。そこから下はありません」。心配性のあの人に、彼はいつも、いちばん悪い場合を先に伝えて、その下に床があることを見せていました。十年見てきたから分かる、その人の不安の止め方でした。

AIの下書きには、その一行がありませんでした。正しいことは、全部書いてある。ただ、相手がいちばん聞きたかった一言だけが、抜けていた。任せていたのは文章を作る手間だと思っていました。けれど一緒に手放していたのは、誰に何を言うべきかという、彼自身の判断のほうでした。気づいて、彼は短く息をついた。

その夜、彼は一枚の紙に、ふだんは言葉にしないことを書いてみました。「不安げな相手には、最悪を先に、床を必ず見せる」。書いてみて、自分でも少し驚いたそうです。長年やってきたのに、なぜそうするのかを、初めてはっきり言葉にできた。AIに渡すための覚え書きのつもりが、自分の仕事の芯を確かめる時間になっていました。

次の日から、下書きはAIに頼んだままです。ただ、送る前にその一枚と照らして、自分にしか書けない一行を足すようにした。手間は、ほんの少しだけ戻ってきました。戻ってきたのは、手間だけではなかったようです。

もし、あなたの仕事にも、AIに任せて速くなったぶん、「自分にしか言えなかった一言」が、どこかへ消えていないか。気になるなら、いちど立ち止まってみてもいいのかもしれません。

任せて空いた時間に、何を戻すか。それはたぶん、あなたがいちばん長く、黙って続けてきたことなのだと思います。

QAILaboratory
代表 鳴海貴慶

HP https://qailaboratory.narumitakayoshi.com
LinkedIn https://www.linkedin.com/in/takayoshi-narumi-9869a527a/

ブログ https://www.narumitakayoshi.com/blog/

返信

会話に参加する
t("newsletters.loading")
読み込み中...
QAILaboratory|AIに任せた仕事は、毎週、無作為に三件を選んで見直すことにしています
こんにちは、QAILaboratoryの鳴海です。金曜の午後、事務所の机で、今週AIに任せた仕事の一覧を開く場面を思い浮かべてください。全部を見直す時間はなく、かといって一度も見ないのも落ち着きません。今週は、その見直しを「無作為に三件だけ選ぶ」と決めておく話をします。米国のAIニュース会社The Rundownは、社員が20人強の完全リモートの会社です。同社のRowanは、10月16日号のコラムで、毎週金曜に「デジタル工場巡回」をしていると書いています。コラムによると、対面の会社なら社長が工場の床を歩いて、誤りやのろい引き継ぎに気づきます。床のない会社では、サポートの問い合わせ、記事、経理項目などから無作為に選び、同じ観点で見直すそうです。観点は、何が遅いか、どの引き継ぎをなくせるか、何を自動化すべきか、の三つです。今週のコラムでは、その準備をAIに任せたと書かれています。Clau...
QAILaboratory|新しい道具の数より、AIが作る画像の中の文字を、誰が入れるかを見ています
こんにちは、QAILaboratoryの鳴海です。今週は、新しい道具の数を追うより、AIに画像を作らせるとき、画像の中の文字を誰が入れるかのほうを見ています。The Rundown AIの10月12日号は、1枚の商品写真から正方形・縦・横の3つの広告画像を作る手順を紹介しました。使うのは、Googleの制作ツールGoogle Flowで使える画像生成AI「Nano Banana 2.1」です。最後に短い見出しを足したら、すべての言葉を確かめ、ダウンロードしたファイルで商品の細部・切り取り・文字を見てから使うよう書いています。同号は、さらに、各画像の文字なしの版を残し、正確なブランドのフォントとロゴは、いつもの制作ツールで足すことを勧めています。画像をAIに作らせるなら、見出しも店名も電話番号も、一度に入れてもらうのがいちばん早いと思われがちです。ですが、画像の中の文字は、見る人が最初...
QAILaboratory|AIを使わない人の意欲を測る前に、最初の一回を横で一緒にやることを決めています
こんにちは、QAILaboratoryの鳴海です。 先週は、AIを使わない人の意欲を測るより、まだ一度も使っていない身近な一人と、最初の一回を横で一緒にやることを、先に決めています。 Harvard Kennedy SchoolのShorenstein Centerは、米国の成人5,400人超への調査などをもとに、AIの使われ方の男女差をまとめました。The Rundown AIの10月16日号によると、AIを一度も使ったことがない人は女性29%、男性22%です。ただし、ネットの閲覧記録では試した人の割合に大きな差はなく、差が出たのは使う時間でした。 同じ号によると、働いている人でAIの研修を受けていない人は女性64%、男性49%でした。同調査は、研修と励ましが、男女どちらでも使う頻度と自信の高さに結びついているとしています。 AIを使わない人は、関心が低いか、機械が苦手なのだろうと...

QAI Laboratory

現場視点で読み解く、生成AI×品質技術×業務最適化の実践知。AIの情報が多すぎる中で「今週どれを追い、どれは追わなくていいか」を、鳴海の視点でお届けします。生成AIを実務に活かしたい方へ。 毎週の配信: 月:AI全般 ― 今週の注目の動き 水:AIツール ― いま試す価値のあるもの 金:海外企業のAI活用 ― 事例と自社への活かし方 日:物語 ― 現場の一場面を描いた読み物

Officina Vitae

記録 円卓 研究所 お問合せ プライバシーポリシー X Facebook Spotify アート 音楽 特定商取引法に基づく表記
© 2026 Takayoshi Narumi